5分でわかる!電気化学分析チップに薄膜メタライズが必要な理由
「薄い」ことに理由があります。
電気化学分析チップは、電圧や電流といった電気的な信号を利用して化学反応を読み取るデバイスです。チップ上には作動電極・対極・参照電極が配置され、溶液中で起こる酸化還元反応を高感度に検出できます。近年はマイクロ流路技術やMEMS技術と組み合わせた小型デバイスが普及し、医療用POCT(Point of Care Testing)、環境モニタリング、食品検査、ライフサイエンス分野などで活用が急拡大しています。これらの用途では、検出の高感度化・小型化・多項目化・迅速化が求められており、その実現に不可欠なのが、電極構造の微細化と高品質な金属薄膜形成、すなわち薄膜メタライズ技術です。

◆電気化学分析の要:電極の性能でデータの質が決まる
電気化学分析において、測定の起点となるのは電極と溶液界面で生じる電荷移動反応です。電極反応は界面での電子授受に依存するため、電極表面の物性や幾何構造がそのままデータ品質に反映されます。特にマイクロスケールで反応を扱う電気化学分析チップでは、電極の材料選択、結晶性、表面粗さ、膜厚均一性、パターン精度が測定信頼性に直結します。
①電極材料の電子状態が反応速度を左右する
電極材料には、電子状態(仕事関数、バンド構造、触媒活性)が異なる多種の金属が使われます。
✅Pt/Auは電荷移動抵抗(R_ct)が小さく、酸化還元反応を高速に取り扱える
✅不均一な金属膜や酸化物が混在すると、局所的に電子移動速度が変化しピーク電流が変動
✅結晶粒界の多い粗質な膜は、ノイズ源や反応の不均一性につながる
電極薄膜の形成条件(基板温度、スパッタ圧、膜応力)によって結晶性や表面状態は大きく変化するため、薄膜プロセスそのものが電気化学性能を左右する要素と言えます。
②表面粗さ・清浄度は界面容量とノイズを支配する
電気化学反応の界面では、電気二重層(EDL)が形成され、その容量成分(C_dl)がベースノイズに寄与します。
✅表面が粗い → 実効表面積が増加し C_dlが増大、ノイズフロア上昇
✅汚れ・有機残渣 → EDL形成を乱し、再現性の悪化
✅酸化膜や不純物 → 想定外の副反応を誘発し、バックグラウンド電流が増大
特にnA~pAオーダーの微小電流を測定するチップでは、表面清浄度が測定限界を支配します。「電極表面をどれだけクリーンに保てるか」がデバイスの成否を決めると言ってもよいほどです。
③膜厚の均一性はシート抵抗と応答速度を決める
膜厚が不均一な金属薄膜では、電極全体に流れる電流が均一にならず、局所電流密度の偏りが生じます。
✅薄い部分ではシート抵抗が増え、信号遅延・IRドロップが発生
✅厚い部分では膜応力によりクラック/剥離が発生するリスク
✅わずかな膜厚差が、極微小反応の電流値に影響を与える
均一な膜厚を得るためには、スパッタリング条件や基板回転、ターゲット状態、プロセス圧力などが厳密に管理されている必要があります。
④電極形状・間距離は反応場を支配する主要パラメータ
電気化学チップでは、電極間距離が数µmレベルで設計されることが一般的です。この距離は、溶液中の拡散層の重なり方に直接影響するため、反応電流(拡散律速)を決める重要因子です。
✅電極間距離が数µm変わるだけで拡散層が重なり、電流ピークが大きく変動
✅電極形状の角丸み、エッジ粗さも局所電流密度の偏りを生む
✅フォトリソパターン誤差 → 電極毎に応答が変動 → 再現性低下
そのため、薄膜メタライズとフォトリソグラフィにより、電極パターンを高精度で作り込むことが必須となります。
⑤微小電流(nA~pA)測定では全ての微小誤差が増幅される
電気化学チップでは、電流が極めて小さい領域を扱うことも多く、電極特性のわずかな乱れが、計測信号に大きな影響を及ぼします。
✅電極の表面汚染 → pAレベルの漏れ電流を誘発
✅膜応力・膜荒れ → バックグラウンド電流の増大
✅配線抵抗のばらつき → IRドロップの増大
✅電極間距離の誤差 → 反応依存性が変化し再現性低下
チップの高感度化が進めば進むほど、電極品質への要求は指数的に厳しくなっていきます。
電気化学反応は、電極表面で発生します。したがって、電極の材料、表面の平滑性、膜厚、均一性などは、測定の再現性や感度に直結します。特に微小電流(nA~pA)を扱う電気化学測定では、電極の雑味(表面汚れ、粗さ、膜厚ばらつき)がノイズ増大の大きな要因になります。また、電極間距離や形状が少し変わるだけで反応速度や電荷移動抵抗が変化するため、精密なパターン形成が必須です。つまり、電気化学分析チップの性能は「電極の品質」で決まると言っても過言ではありません。
◆そこで必要になる「薄膜メタライズ」
電気化学分析チップで薄膜メタライズが必要となる理由は、大きく4つあります。
(1) 微細電極パターンを高精度で作るため
現代の電気化学チップでは、電極サイズが数十~数百µm、電極間ギャップは数µmという微細構造が一般的です。このレベルの精度を実現できるのは、フォトリソグラフィと薄膜形成を組み合わせたメタライズ技術です。スパッタリングや蒸着で金属薄膜を成膜し、その後リフトオフまたはエッチングでパターンを形成します。このプロセスにより、電極形状の再現性が高まり、高感度でノイズの少ないデバイスが得られます。
(2) 金や白金など“電気化学に強い金属”を使うため
電気化学反応では、電極が腐食したり、反応で活性が失われたりすることがあります。そこで重要なのが貴金属の薄膜です。
Au(金):化学的安定性が極めて高く、生体分子とも相性が良い
Pt(白金):酸化還元反応に強く、酵素・触媒反応にも適用可能
ITO:透明性が求められる光学+電気のハイブリッド用途に最適
Ti / Cr:密着層として下地に使用
バルク材料でこれら金属を微細加工するのは困難ですが、薄膜なら容易にパターン化できます。
(3) バイオセンシングに必要な表面化学修飾を可能にする
電気化学センサーでは、抗体、DNA、酵素などの生体分子を電極表面に固定することが多く、表面化学修飾が重要な役割を果たします。
Au薄膜 → チオール基との自己組織化単分子膜(SAM)形成が容易
Pt薄膜 → 酵素反応や触媒反応に優れる
均一な金属表面 → 分子固定の再現性が高い
薄膜メタライズにより、電極表面を機能性分子の固定化プラットフォームとして自由に設計できます。
(4) 基板材料との電気的接続のため
電気化学チップの基板にはガラス、シリコン、ポリマー(PMMA、COCなど)が使われますが、これらはすべて絶縁体です。計測器や外部回路と接続するには、金属薄膜による配線形成が不可欠です。チップ外周のコンタクトパッド、フレキシブルケーブルへの接続部、チップ内部のマイクロ配線、これらはすべて薄膜メタライズによって形成されます。
◆薄膜メタライズを行う際の技術的ポイント
(1) 密着層の設計
ガラスや樹脂基板上に金や白金を直接成膜すると密着不良を起こすことがあります。そのため、Ti/Au、Cr/Au、Ti/Pt密着層を設けます。密着層の厚み、金属の選択は耐久性や電極特性に直結します。
(2) 膜厚の最適化
電極性能に影響するため、膜厚は慎重に決める必要があります。電極部:数十〜数百 nm、配線部:抵抗値を下げるため、数百 nm〜1 µm 程度。厚すぎても内部応力により剥離や反りが発生するため、最適化が求められます。
(3) スパッタリング vs 蒸着の使い分け
スパッタリング:密着性が高く均一膜が得られる、蒸着:リフトオフとの相性がよく、シャープなパターン形成が可能等、要求仕様に応じて使い分けることで品質が安定します。
(4) 表面粗さと清浄度の管理
生体分子を固定する電極では、表面の清浄度が反応性とノイズレベルに直結します。プラズマ処理によるOH基導入や、洗浄工程の最適化が不可欠です。
◆薄膜メタライズがもたらす性能向上の実例
薄膜メタライズ技術の導入は、電気化学分析チップの性能を根本から押し上げる効果を持っています。まず、ナノ〜マイクロスケールで均一に成膜された貴金属電極は、界面での電荷移動抵抗を低減し、微小電流領域(nA〜pA)におけるシグナル検出性能を大幅に改善します。これにより、従来ではノイズに埋もれてしまっていた極めて微弱な反応電流の抽出が可能になります。また、精密なフォトリソパターンと薄膜成膜が組み合わさることで、電極間距離や電極形状のばらつきが極めて小さくなり、チップ間およびロット間の測定再現性が大幅に向上します。電気化学センサーはしばしば生体試料を扱うため、測定値の再現性が信頼性の根幹となりますが、薄膜電極の均質性はその基盤を支える最重要要素です。
さらに、Au薄膜電極上で形成される自己組織化単分子膜(SAM)などの表面化学修飾は、抗体やDNAといった生体分子の高効率固定化を可能にし、選択性と感度の向上に寄与します。修飾表面の均一性は官能化効率の均質性にも直結するため、薄膜メタライズはバイオセンシング応答を安定化させる上で不可欠です。
薄膜技術は、単電極の性能向上にとどまらず、複数の電極を高密度で集積した多電極アレイの設計も可能にします。これにより、1枚のチップ上で複数項目の並列分析や統計的データ取得が行えるようになり、検査時間の短縮や高次解析の高度化を実現します。また、ITOなどの透明電極との組み合わせにより、光学計測と電気化学計測を統合したハイブリッドセンシングも可能となります。蛍光・吸収測定と電気信号を同時に取得することで、従来の電気化学分析では得られなかった多角的な情報を取得でき、応用領域が大きく広がります。このように、薄膜メタライズは電気化学チップの高感度化・高再現性化・多機能化のすべてに貢献しており、現代の電気化学センサーにおけるコア技術といえます

◆将来動向:POCTとウェアラブルで需要が加速
電気化学分析チップは、医療現場における迅速検査(POCT: Point of Care Testing)や、日常的に生体情報を記録するウェアラブルデバイス分野において急速に需要が拡大しています。これらの市場では、小型・軽量・低消費電力で、かつ低コストながら高精度なセンシングデバイスが求められます。薄膜メタライズ技術は、こうした要求に最適な製造プロセスであり、特に大面積基板への適用や大量生産との相性が良いことから、今後さらにその価値が高まると考えられます。
近年は、柔軟性を備えたポリイミド(PI)やPETなどのフレキシブル基板上に高品質な金属薄膜を形成するスパッタリング技術も進歩しており、皮膚貼付型センサーや衣服一体型デバイスへの展開も現実味を帯びています。ウェアラブル化により、電気化学センサーは健康モニタリングやスポーツ分野だけでなく、医療リスク予測・薬剤応答評価など、新たな応用領域に広がりつつあります。
さらに、得られた電気化学データをAIで解析する技術が台頭することで、微小な電流変化や多電極データ群から疾病状態や濃度推定を高精度で行う研究が進んでいます。センシング × AI × フレキシブルデバイスの融合により、電気化学分析チップは次世代のヘルスケア基盤技術として一段と存在感を高めていくでしょう。
◆電気化学分析チップと薄膜技術の不可分な関係
電気化学分析チップにおける薄膜メタライズは、微細電極形成、貴金属材料の活用、表面化学修飾、電気配線形成、そして多電極アレイ化や光学ハイブリッド化など、デバイス性能を規定するあらゆる要素に直結する基幹技術です。金属薄膜の品質は、界面での電子移動の安定性、微小電流の検出感度、データ再現性といった電気化学測定の本質部分を左右し、最終的にはチップの「測定信頼性」そのものを決める存在といえます。
電気化学センサーが高感度化・小型化・多機能化へ向かう中、薄膜技術への要求はますます高度化しています。貴金属の高品質成膜、均一な膜厚制御、微細パターニング、異種基板との密着性向上など、プロセス全体の最適化なしに次世代チップの高性能化は実現できません。
安達新産業株式会社では、これまで光学薄膜・微細パターン・金属メタライズで培ってきた技術とノウハウを活かし、電気化学分析チップ向けの薄膜形成やパターン加工にも積極的に取り組んでいます。ガラス・Si・樹脂といった多様な基板への密着性制御、貴金属の均質な成膜、微細パターンの高精度化など、当社が長年磨き続けてきたプロセス技術は、電気化学デバイス分野でも高い効果を発揮します。これからも安達新産業は、電子・光学・バイオを横断する薄膜技術の専門家として、お客様の課題に寄り添いながら、次世代のセンシング技術を支える“ものづくり”に貢献してまいります。