関西万博×光学薄膜 Episode:1
AIスーツケースを支えるセンシング技術と光学薄膜
2025年に大阪で開催されている関西万博は、「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマのもと、最先端の技術やサービスが世界中から集まる一大イベントです。万博の会場にはAIやロボット、スマート農業、空中ディスプレイなど、これからの暮らしを変えていく多様な技術が集まり、多くの人々を魅了しています。私たち安達新産業は、大阪に拠点を構える企業として、この地元開催の国際イベントを盛り上げる・・・ことを、イチ観客として全力で実施しております。
それはさておき・・注目すべきは、こうした未来技術の多くが実は「光」を扱い、「光学薄膜」という技術に支えられているということです。光を反射させたり、透過させたり、特定の波長だけを取り出したり。一見目には見えないけれど、人やロボットの「目」として機能するセンサーやカメラには、必ずと言っていいほど光学薄膜が活躍しています。
本シリーズでは、関西万博の注目技術を題材に、光学薄膜がどのように社会を支える技術であるかを、できるだけわかりやすくご紹介していきたいと思います。
【1】AIスーツケースとは?次世代モビリティ支援デバイスの考察
2025年大阪・関西万博では、視覚障がい者や高齢者をサポートする「AIスーツケース」が注目を集めています。音声案内や自動走行機能を備え、ユーザーの移動を支援する未来型デバイスです。障がい者や歩行支援が必要な方がより自立して、安心・安全に移動することを目的に開発され、外見は一見すると普通のスーツケースのように見えますが、その内部にはロボティクスやAI、センシング技術など最先端のテクノロジーが詰め込まれています。
展示場所:関西万博 ロボット&モビリティステーション
AIスーツケース出展社:一般社団法人 次世代移動支援技術開発コンソーシアム
【2】技術の心臓部紹介
✅ センシング
AIスーツケースは、周囲の状況をリアルタイムに認識するためにLiDAR(光検知と測距センサー)、ステレオカメラ、深度センサーなど複数の光学センサーを搭載しています。人や障害物、段差、壁面や床のガイドラインなどを瞬時に捉え、ユーザーが今どのような環境にいるのかを正確に把握します。さらに、屋外の強い日差しや室内照明、天候変化といったさまざまな条件下でも安定して動作するためには、センサー性能を最大化する光学薄膜技術が重要な役割を果たしています。
✅自己位置推定と経路計画
センシングによって取得した情報をもとに、地図情報と統合し、自分が今どこにいるか(自己位置)をリアルタイムで推定します。人混みや複雑な動線の中でも、ユーザーが安全かつスムーズに移動できるよう、進むべき経路を自律的に計算・選択し、突発的な障害物や状況の変化にも柔軟に対応します。
✅ユーザーインターフェース
音声案内やハンドル部分の振動フィードバックを通じて、「右へ曲がってください」「段差があります」など、必要な情報を視覚以外の感覚で直感的に伝えます。このマルチモーダルなインターフェースが、利用者にとっての安心感と使いやすさを両立しています。
【3】光学薄膜との関わり
AIスーツケースにとって、周囲を正確に捉えるセンシング性能の安定性と信頼性は、まさに製品の生命線と言える要素です。その高性能を支えるのが、私たち安達新産業でも取り組んでいる光学薄膜技術です。
✅バンドパスフィルター
LiDAR(光検知と測距)では、一般的に905nmや1550nmといった近赤外レーザーを照射し、その反射光を検知して距離や形状を測定します。このとき重要なのが、LiDAR用センサーに特定の波長だけを透過させるバンドパスフィルターです。
🟨LiDARの中心波長±数nm程度の狭帯域のみを高効率で透過
🟨太陽光や照明など不要な波長は反射・吸収してカット
🟨多層誘電体膜構造で、角度依存性を抑えつつ高い透過率を実現
こうしたバンドパスフィルターにより、日中の屋外や逆光など厳しい条件下でもLiDARのS/N比(信号対雑音比)を確保し、安定した距離測定を可能にしています。
✅反射防止膜(ARコーティング)
AIスーツケースにはステレオカメラや深度センサーも搭載されており、これらのレンズやカバーガラスの表面にはARコーティング(Anti-Reflection Coating)が施されます。
🟨可視光~近赤外域での反射率を低減し、透過率を向上
🟨レンズ前面で発生する不要なゴーストやフレアを抑制
🟨照明や太陽光など強い外乱光の影響を最小化
特に万博会場のような屋外やドーム型施設などでは、照明環境が複雑に変化するため、反射防止膜の性能がセンシング精度を大きく左右します。
✅IR透過フィルター
夜間や暗所での動作支援には、赤外線LEDやIRセンサーが用いられます。このとき活躍するのがIR透過フィルターです。
🟨赤外線波長域(例:850nm、940nm)を効率的に透過
🟨可視光を遮断してセンサーに入るノイズを低減
🟨暗所でも安定した人物検知・障害物検知を実現
例えば、街灯やLED看板などからの可視光による誤認識を防ぎつつ、赤外光だけを正確に捉えることで、夜間の安全性を高めています。これらの光学薄膜技術は、単なる部品ではなく、AIスーツケースを「信頼できる目」として機能させるための要となっています。
【4】モビリティ自律支援の今後
モビリティの自律支援(AIスーツケース、移動支援ロボット、サービスロボットなど)は、今後ますます社会に広がり、その進化は大きく技術面と社会面の両方から支えられていきます。
✅ 技術面からの進化
まず、センシング技術のさらなる高精度化と多様化が進みます。LiDARの小型化や高解像度化によって、これまで検知が難しかった狭い死角や微細な障害物も正確に把握できるようになります。また、可視光・近赤外・遠赤外といった複数波長を同時に活用するマルチスペクトルセンシングにより、霧や雨、夜間といった環境条件でも安定したセンシングを実現します。さらに、3Dカメラやミリ波レーダーといった異なる原理のセンサーを融合させることで、より信頼性の高い認識性能が期待されています。
AIとアルゴリズムの分野でも進化が続きます。地図情報と周囲の情報を統合する自己位置推定(SLAM)は、歩行環境でもリアルタイムで高精度を維持できるようになり、人や他のモビリティの動きを予測する技術が進むことで、混雑した場所でも安全に経路を決定できるようになります。利用者の行動履歴や癖を学習し、個々のニーズに応じたパーソナライズされた誘導を行うAIも登場するでしょう。
センシングデバイスを支える部材・設計面でも革新が進んでいます。反射防止膜やバンドパスフィルターといった光学薄膜技術により、屋外や夜間、さまざまな照明条件下でもセンサー性能を安定して発揮できます。同時に、軽量化や省エネルギー設計により、小型バッテリーでも長時間稼働を可能にし、粉塵・雨・温度変化といった厳しい環境にも耐えられる設計が求められています。
✅ 社会面からの広がり
社会面では、高齢化社会の進行に伴い、視覚・歩行に障害がある方に限らず、高齢者全体や移動に不安を抱える方々への支援がますます重要になります。駅や商業施設、観光地などでも自律走行型の案内ロボットが導入され、誰も取り残さない移動支援が現実のものとなっていくでしょう。また、AIスーツケースの技術は車いすや電動カート、小型EVなど、より大きなパーソナルモビリティへの展開も期待されます。一人ひとりの生活スタイルや体力に合わせた、きめ細やかな移動支援サービスが社会に浸透していきます。
さらに、スマートシティやMaaS(Mobility as a Service)と連携することで、都市インフラと協調した移動最適化が可能になります。駅や信号機、施設の案内システムとリアルタイムでデータを共有し、より安全で効率的な移動を実現することで、人々の暮らしや都市の姿そのものが大きく変わっていく未来が見えてきています。
このように、技術革新と社会的ニーズの両面から、モビリティの自律支援は単なる移動手段を超え、「人と社会をつなぐインフラ」へと発展していこうとしています。そしてその根底を支えるのが、光を操る光学薄膜技術という静かな力です。
【5】万博という「未来社会の実験場」への思い
2025年大阪・関西万博は、次世代技術を社会に実装し、未来の暮らしを具体的に形にしていく実験場とも言えます。AIスーツケースのように、人と社会をつなぐセンシングデバイスやロボティクスの性能向上には、単なる装置開発だけでなく、光の伝達効率・波長制御・ノイズ低減などを担う光学薄膜技術が欠かせません。私たち安達新産業は、大阪に根ざす企業として、自社の光学薄膜技術によってセンシング性能の向上やシステム全体の信頼性強化に貢献し、誰もが安心して移動できる未来社会の実現を技術面から支えていきたいと考えています。
尚、本稿で紹介した「AIスーツケース」自体は、当社(安達新産業)製の光学薄膜は、残念ながら使用されておりません。ただし、このようなセンシング機器の性能を陰で支えるのが、当社が得意とする反射防止膜(ARコーティング)やバンドパスフィルターなどの光学薄膜技術です。関西万博という未来技術のショーケースを通じて、私たちは「光を操る技術」で人と社会のつながりを支える存在でありたいと考えています