5分でわかる!カットオフ、カットオンの徹底解説
光学フィルターのカットオン・カットオフとは? ― 技術者のための基礎解説
光学フィルターは、光の中から必要な波長だけを取り出したり、不必要な波長を遮断したりするための重要なデバイスです。私たちが普段目にするカメラやディスプレイ、医療・バイオ分野で用いられる分光分析装置、さらにレーザー加工や光通信といった産業用途に至るまで、光学フィルターは幅広い分野で使われています。光は、紫外線・可視光・赤外線といった広い波長帯を含みますが、目的の光だけを精密にコントロールできなければ、誤検出・雑音増加・画質低下などの問題につながります。そこで登場するのが「カットオン」と「カットオフ」という考え方です。これは、光が透過し始める境界と、透過が終わる境界を示す概念であり、光学フィルター設計の根幹をなしています。

1.カットオン・カットオフの定義と基本原理
光学フィルターを正しく設計・評価するうえで、最も重要なパラメータが「カットオン波長」と「カットオフ波長」です。これらは単なる名称ではなく、フィルターの実効性能、すなわちどの波長範囲を通し、どの範囲を遮断するのかを数値的に規定する基準値です。
✅ カットオン波長(Cut-on wavelength)
カットオン波長とは、光の透過が始まる境界を示す波長を指します。通常は透過率が50%に達する波長、あるいは定義されたしきい値(例:透過率5% → 80%へ変化する区間の中点)で規定されることが多いです。例えばロングパスフィルターでは、カットオン波長より短波長側の光は反射・吸収によって遮断され、長波長側のみが透過されます。これにより、紫外線を除去して可視光を透過させる用途や、蛍光観察で励起光をカットし発光波長のみを取り出す用途が実現されます。
✅ カットオフ波長(Cut-off wavelength)
一方でカットオフ波長は、光の透過が終わる境界を示します。こちらも透過率がしきい値を下回る点、あるいは50%減衰点などの定義で規定されます。ショートパスフィルターの場合は、カットオフ波長より長波長側を遮断し、短波長側のみを透過します。紫外線・青色光だけを通し、赤外線や長波長可視光を除去する用途などで重要な指標となります。
✅ スペクトル特性曲線による説明
カットオン・カットオフは、透過率スペクトルをプロットすることで視覚的に理解できます。理想的なフィルターであれば、ある波長を境に透過率が0%から100%へ、あるいはその逆へと急峻に変化します。しかし実際のフィルターでは、材料の分散や膜厚誤差の影響により、透過率が漸次変化する「トランジション領域(transition region)」が存在します。この遷移の急峻さをエッジの鋭さ(edge steepness)と呼び、フィルターの性能評価における重要な指標となります。
2.設計と制御の技術的ポイント
光学フィルターは、一見するとただのガラス板に見えますが、その内部には目に見えないナノメートル単位の構造が緻密に設計されています。特定の波長だけを透過・遮断するためには、「多層膜構造」と呼ばれる仕組みを利用しており、その設計と制御にはいくつかの重要なポイントがあります。
① 多層膜干渉構造 ― 光をコントロールする「積み重ねの技術」
光学フィルターの基本は、干渉(interference)を利用することにあります。光は波の性質を持っているため、異なる屈折率を持つ材料を交互に積み重ねると、特定の波長の光が強め合ったり、打ち消し合ったりします。これにより、「この波長だけを透過させ、他の波長は反射する」という機能が実現されます。例えるなら、「音の防音壁」のようなものです。ある高さの壁は特定の音を跳ね返し、別の音は通してしまうように、光学フィルターも膜の厚みと屈折率の組み合わせによって、透過・遮断を選び分けています。
② 材料の組み合わせ ― ガラスだけでは足りない理由
光をコントロールするためには、屈折率が異なる材料を組み合わせる必要があります。代表的な材料には以下があります。
🟦SiO₂(石英:低屈折率材料)
透明性が高く、光のロスが少ない。低屈折率層として多用される。
🟦TiO₂(酸化チタン:高屈折率材料)
光を強く曲げる性質があり、高屈折率層に適している。ただし吸収や成膜応力が課題となる場合がある。
🟦Ta₂O₅(酸化タンタル:高屈折率材料)
安定性が高く、TiO₂よりも扱いやすいことから精密フィルターに広く使われる。
このように、低屈折率と高屈折率を交互に積層することで、光の干渉をコントロールします。
③ 膜厚と波長の関係 ― ナノメートル単位の精密さ
光学フィルターの性能を決める最大の要素は「膜厚」です。基本的には、1/4波長厚(その波長の光の1/4に相当する厚み)で設計することが多く、これを繰り返し積層することで特定波長の光を反射させます。しかし、もし膜厚に数ナノメートルの誤差が出ただけでも、カットオンやカットオフの波長位置がシフトしてしまいます。たとえば、設計上は「500nmで透過開始」だったものが、誤差により「510nmで透過開始」になってしまう、という具合です。これは分光分析やレーザー用途など、精度が求められる現場では致命的な問題になりかねません。
④ 精度を決める要素 ― 理想通りにいかない現実
光学フィルターを設計通りに仕上げるには、多くの外部要因を考慮する必要があります。
🟦成膜精度:
成膜装置の性能やプロセス制御の精密さによって、膜厚誤差や層間欠陥が発生する。
🟦温度安定性:
材料は温度によって屈折率が変わるため、使用環境が高温・低温だと波長がシフトする。
🟦入射角依存性:
光が斜めに入射すると、実効的な光路長が変化し、カットオン・カットオフ波長が短波長側にシフトする。
🟦湿度・耐環境性:
吸湿性のある材料を使うと、長期使用で膜が膨張し、光学特性が変わってしまう。
これらを総合的に考慮して設計・製造することで、安定したフィルター性能が得られます。
3.実際のフィルター種類ごとの特徴
光学フィルターにおいて「カットオン」「カットオフ」が持つ意味は、フィルターの種類によって大きく変わります。それぞれのフィルターの設計思想と特性を理解することで、用途に応じた最適な選択が可能になります。以下に代表的な種類を整理します。
🟨ロングパスフィルター(Long-pass filter)
ロングパスフィルターは、設定された「カットオン波長」よりも長い波長成分を透過させ、短波長側を遮断します。

カットオン波長:透過が始まる境界を示し、これより短波長の光は遮断されます。
応用例:
✅近赤外領域の観察(例:IRカットフィルターは可視光のみを通し、赤外線を除去することでクリアな画像を得る)
✅分光計測での不要な短波長光の除去
✅光学顕微鏡における蛍光観察での励起光カット
特徴:高透過率を保ちながら急峻なカットオン特性を実現することが重要であり、多層膜干渉構造の設計精度が性能を左右します。
🟨ショートパスフィルター(Short-pass filter)
ショートパスフィルターは、設定された「カットオフ波長」よりも短い波長成分を透過し、長波長側を遮断します。

カットオフ波長:透過が終わる境界を示し、これより長波長の光は遮断されます。
応用例:
✅紫外領域の透過により、UV蛍光観察や硬化プロセスに活用
✅可視光を透過させつつ、赤外光を遮断することでカメラや撮像素子の誤動作を防止
✅医療分野や半導体露光工程での短波長光利用
特徴:広帯域にわたる安定した透過特性が求められ、また赤外線領域まで抑制できるかどうかが設計難易度に直結します。
🟨バンドパスフィルター(Band-pass filter)
バンドパスフィルターは、特定の波長帯域のみを透過し、それ以外の波長を遮断します。つまり「カットオン」と「カットオフ」の両方を併せ持つフィルターです。カットオン波長とカットオフ波長で透過帯域が定義されるため、選択性が極めて高いのが特徴です。

応用例:
✅蛍光顕微鏡で励起光をカットし、特定の蛍光波長だけを観察
✅分光分析で目的波長を正確に抽出
✅産業用センサーにおける狭帯域センシング(ガス検出、食品検査など)
特徴:帯域幅(Full Width at Half Maximum: FWHM)の広狭が設計のポイントになります。広帯域では光量を確保しやすく、狭帯域では選択性が向上する一方で製造難度が上がります。
まとめ
このように、ロングパスは「必要な長波長を通す」、ショートパスは「必要な短波長を通す」、バンドパスは「狙った波長域だけを通す」という使い分けが基本です。カットオン/カットオフの設定値と急峻さは、光学システム全体の性能や精度に直結するため、用途や測定対象に応じたフィルター選定が極めて重要となります。
4.技術ご担当者のお困りごとと解決の視点
光学フィルターの設計や使用に携わる技術者は、理論通りにいかない現実的な課題に直面することが少なくありません。特にカットオン/カットオフ波長を高精度にコントロールすることは、光学システム全体の性能を左右するため、細心の注意が求められます。以下に代表的なお困りごとと、それに対する解決の方向性を整理します。
①カットオン/カットオフ波長のバラつき
光学フィルターは多層膜干渉構造によって設計されますが、成膜プロセスにおける厚み誤差や屈折率のわずかな変動が、カットオン/カットオフ波長にシフトを生じさせる原因となります。また、測定条件(入射角度、偏光状態、測定装置の分解能など)が異なる場合も、仕様値と実測値の間に差が出る要因となります。
②温度・湿度によるシフト
光学薄膜に用いられる材料は、温度や湿度の影響を受けて屈折率が変化します。その結果、カットオン/カットオフの位置がシフトし、特に屋外観測装置や高温環境下での使用において性能低下が問題となります。
③透過率とブロッキング性能の両立
理想的な光学フィルターは「必要な波長域で高透過率」「不要な波長域で十分な遮断性能」を同時に満たすことです。しかし、この両立は容易ではありません。透過率を上げるために膜厚や材料構成を最適化すると、遮断域の性能が犠牲になることがあり、逆に遮断性能を強化すると透過域の光量が不足するケースもあります。
結び
このように、光学フィルターのカットオン/カットオフ特性を仕様通りに実現するためには、単純にフィルターそのものを設計するだけでは十分ではありません。実際の製造現場では、成膜プロセスの安定性、使用する材料の物性や環境依存性、さらには組み込まれる光学システム全体との整合性といった、複数の要因が互いに影響し合います。
例えば、膜厚を数ナノメートル単位で制御する成膜精度がわずかに乱れるだけで、カットオンやカットオフの波長はシフトしてしまいます。さらに、温度や湿度といった外部環境によって材料の屈折率が変動し、使用中に設計値から外れてしまうケースもあります。これに加え、フィルター単体で高性能を実現しても、光源スペクトルや検出器特性と噛み合わなければ、システムとしては期待する性能を得られません。
したがって、光学フィルターの設計・運用においては、「単体性能」だけでなく「システム性能」までを見据えた総合的な最適化が不可欠です。材料選定、成膜条件、後処理、環境耐性、システム組み込み時の調整――こうした多層的な視点を持ち、課題の根本原因を理解したうえで解決策を積み重ねていくことこそが、技術者にとっての最大の責務であり、最も重要な鍵となります。